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「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (10) 貝類(2)

“Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan” vol. 2 (10)
S.E.モリソン『伝記ペリー提督の日本開国』(座本勝之訳)二〇〇〇年双葉社に拠ると「ペリーは、単なる勇猛果敢な士官、あるいは卓越した外交官だけではなかった。14歳のときから、艦上で独学により諸外国語を習得し、古代と近代の文学詩歌にも精通していた。また、植物学・貝類学者として、航海をしたあらゆる場所で珍しい植物や魚介類の収集に努力した。」ペリーは航海中寄港地で貝類も乗組員に集めさせた他,標本を購入し,また和親条約締結後,「(大統領からの贈り物に対する返礼として,将軍から)提督には100種類以上の貝殻見本が贈られ、貝類学に興味を持つペリーは大満足であった。」とある.帰国後,遠征記の第二巻に日本の貝殻類についてジョン・クラークソン・ジェイに同定と考察を依頼し,貝殻類については美しい挿し絵が入っていた.その後,「ペリーはスミソニアン学術協会のジョセフ・ヘンリー館長ならびにスペンサー・F・ベイヤード副館長に連絡を取り、東洋から持ち帰った鳥の剥製・貝類・魚の皮等を寄贈した。」

Pecten Yesoensis (plate three, fig 3-4) と Bullia Perryi (plate four, fig 13-15) はこの図と伴う記述が原記載であり,後者はペリー提督に献名されたと思われる.
Perry Conchology III
Plate three.
fig. 1- 2:Dipsas plicatus Cristaria plicata, カラスガイ, collection is marked as coming from Shanghai
fig. 3 – 4 : Pecten Yessoensis, Mizuhopecten yessoensis, Japanese scallop, ホタテガイ, Hakodadi

Perry Conchology V
Plate five
fig. 1- 3 : Helix Simodae, ?, ?, Simoda, Japan
fig. 4- 6 : Helix Simodae var., ?, ?, Simoda, Japan
fig. 7- 9 : Helix Perryi, ?, ?, Yedo
fig. 10 – 12 : Lymnffia Japonica, Lymnaea (Radix) japonica, モノアラガヒ, Simoda
fig. 13- 15 : Bullia Perryi, Bullia perryi (Jay, 1855), バイの一種(バイ属 (Babylonia), Bay of Yedo
fig. 16 – 17 : Purpura septentrionalis, Nucella lamellosa (Gmelin, 1791), ヒレチヂミボラ, uncertain

『伝記ペリー提督の日本開国』には非常に興味深く示唆に富む記事が満載だが,いくつかの誤りがある.

「さて、これまでの醜い植物論争に比べ、提督が楽しい仕事ができたのはニューヨーク州ベドフォードのジェームズ・C・プレプールトとの関係であった。彼は『遠征記』の魚類の識別とその説明を受け持っていた。
東洋への航海を通じて、遠征艦隊は少なくとも数百種に及ぶ魚を採集し、同数の蟹や貝類を収集していた。これらの標本のうち重要なものはハイネ、ベイヤード・テイラーその他の者がスケッチをし、貝類や魚類の皮はできるだけ乾燥させて米国へ持ち帰っていた。
それらはH・パターソンとW・T・ピーターズという2人の画家により色彩画として描き上げられ、プレブールト*が識別と観察を行った。
魚類学上、新しい種類の発見が数多くあり、その中の1つで箱館で捕れたきれいな鮭は「サルモ・ペリイ**」と命名され、「海蛇***」2種はそれぞれ「へリックス****」、「ピュリア・ペリイ*****」と名づけられた。これらの作業には莫大な時間と数々の労苦が伴い、ワシントン、ニューヨーク、そしてベドフォードの多くの人々を巻き込んで活発な意見が交換された。」

*貝類についてジョン・クラークソン・ジェイが同定と考察を行った
**イトウ,原学名 Hucho perryi
***「貝類」の誤り
**** plate five: Helix Perryi
***** ブリア・ペリー(plate five: Bullia Perryi,バイの一種)の誤り.


Museum + coin
ペリーは他にコインも集めていて,そのコレクションが英国ケンブリッジのフィッツウィリアム博物館で2009年に展示されたが ,その中には訪日時に入手したと思われる「寛永通宝」など日本の貨幣も何枚か含まれていた.また,上記の書籍によればぺりーは琉球でコインを入手したいと思っていたが,かなわず大変失望したとある.

この博物館は入場が無料だったので,冬の寒い時期にはよく寒さしのぎもかねて訪れたが,絵画のコレクションは充実していた.
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「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (9) 貝類(1)

“Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan” vol. 2 (9)

航海中に収集された貝類の標本は,アマチュアながら有名な貝類の権威,John Clarkson Jay (1808 - 1891)が鑑定し,レポートを書いた.

REPORT
SHELLS COLLECTED BY THE JAPAN EXPEDITION, UNDER THE COMMAND OF COMMODORE M. C. PERRY, U. S. N., TOGETHER WITH A LIST OF JAPAN SHELLS: JOHN C. JAY, OF NEW YORK.

In making a report of the shells brought home by the Japan Expedition, we are entirely indebted to the officers who collected them, and who could afford but little time from their official duties to give to scientific purposes, for whatever information we have of their localities, shells were collected at the following places :
と以下,採集した地名が列挙されているが,艦隊の寄港地のほぼ全てで採集したり,寄贈を受けたりしたことが分かる.日本では,沖縄・小笠原島・江戸湾・噴火湾・函館での採集品に言及されている.興味深いのはホタテガイに,Pecten Yessoensis, Jay と彼が新たに学名をつけた事で,それまで西欧の学会には知られていなかった.現在の有効な学名は Patinopecten yessoensis (Jay, 1857) であり,このレポートが原記載と思われる.なお,ホタテガイの FAO での英名は Yesso scallop,仏名は Pétoncle du Japon で,それぞれ蝦夷(北海道)及び日本の名を負っている.

Perry Concology-1 
Plate one
fig. 1- 4:Cytherea formosa, Meretrix lusoria, ハマグリ, Lew Chew
fig. 5, 6:Cytherea formosa var., ?, ?, Lew Chew
fig. 8, 9:Psammobia olivacea, Nuttallia obscurata, ワスレイソシジミ, Bay of Yedo
fig. 7, 10:Mya Japonica, Mya arenaria Linnaeus, 1758, オオノガイ, Volcano Bay, Island of Yedo ( Yezo の誤りと思われる).

Perry Concology-2
Plate two
fig. 1, 2:Cytherea meretrix, Meretrix lusoria, ハマグリ, Canton river, China, and also at Lew Chew.
fig. 3 - 5, 10:Cytherea morphina, Meretrix morphina, チョウセンハマグリ, Canton river, China, Lew Chew
fig. 6 – 9:Cytherea petechialis, Meretrix petechialis, シナハマグリ, Canton river, China, and also at Lew Chew.

「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (8) 日本の魚類 (4)

ペリーの艦隊が最初に沖縄に上陸した時の報告書には,以下の様な記述が見える(『ペルリ提督 日本遠征記』土屋・玉城訳 岩波文庫)

1853年5月27日
『乗組員はオールの使用方法を全然知らない支那人であって、海が全く穏やかでなかったならば吾々の旅行は失敗したことだらう。少し苦労をしたが、彼等に拍子を揃へて漕がせることに成功し、どうにかかうにか北水路と漕水路とを劃してゐる珊瑚礁へ向つて進んだ。(前略)潮は殆ど退いて居て、礁に近つくに従って水は甚だ浅くなった。けれども、吾々は群葉に似た葉をつけた杜の問をうねってゐる狭い水路を望見して、水面から約一呎出てゐる海綿状の岩に上陸した。ここには数多の小池があって各ゝ水面を連ねて居り、蟹、巻貝、人手、刺魚及び極めて濃い青色の小魚が多数棲んでゐた。吾々は岩礁にくっついてゐる数箇の美しい貝殻を發見したが、一匹でも魚を捕へようとの努力は全部無駄だった。潮が急速に退いたために舟を乗り上げる恐れがあったので、帰還しなければならなかった。吾々は暫くの間珊瑚礁の岸にもたれて、不思議な海中植物がもってゐる美しい形状や色に見とれてゐた。珊瑚は円形の堤防のやうな形に生えて居て、秋の森で覆ほれた小さい連丘に似てゐた。この円形の堤防の中には、清らかで深い水があった。極めて美はしい青、紫、薄緑、黄及び白い色が波の問に閃めき、種々の形状の珊瑚が全部崖に沿うて群生し、海面下を流れる潮流のために擦り切られた割目のところに、垂れ下がってゐる。その小路や珊瑚林の幹の間を、青い魚が全くまじりけのない瑠璃色の矢のやうに、あちらこちらと突き走ってゐる。目をあざむくやうなエメラルド色をし、尾と鱈との端が金色をした他の魚が、アラビア物語の青い鳥のやうに吾々の追ふのを避けてゐた。そのずつと下にあるほの暗い水底には、時々、大きな褐色の魚が見え、そこらに棲むきれいな小さい魚を待ってゐるかのやうに珊瑚林の入口の迫りを、ひそかに徘徊してゐた。(後略)

Perry NH-VIII.Mjpg

Plate VIII
図番号, 記載名, 現行学名, 採集場所, 和名
fig. 1, Serranus urodelus, Cephalopholis urodeta, Lew Chew, ニジハタ
fig. 2, Julis quadricolor, Thalassoma purpureum, Simoda, キヌベラ
fig.3, 4, Julis lutescens, Thalassoma lutescens, Lew Chew, ヤマブキベラ





Perry Salmo NH-XM
Plate X
図番号, 記載名, 現行学名, 採集場所, 和名
fig. 1, Salmo --- ?, ?, Hakodadi, サケ科
fig. 2, Osmerus japonicus, Hypomesus japonicus, Hakodadi, チカ
fig. 3, Salmo (Fario) leucomaenis, Salvelinus leucomaenis, Hakodadi, アメマス

「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (7) 日本の魚類 (4) イトウ はもう一つのブログに記載
「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (5) 日本の魚類 (3)

「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (6) タヌキ

“Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan”  vol. 2 (6)

Japanese Fox
『航海記』の第二巻中の生物関係の記録・報告は多項目に渡るが,家畜以外の日本の野生動物の図は,タヌキのみ(二つの図しかなく他の一つはヤク,しかも両方とも木口木版).しかも図譜にはJapanese Fox と記されていて,これに関する記述は全くない.第一巻中には度々 Fox が記されているが,これはキツネに関してであって,しかも民俗的な考察のみである.一方第二巻の JOHN CASSIN の BIRDS. の章では,キツネ (Fox) と区別され,画家の Heine 達が下田に上陸して田園を散策したときの話してとして,
' The Japanese system of agriculture, although very minute and appropriating all available land to some useful purpose, yet affords abundant shelter for the native fauna. Scarcely any land is tilled, except such as can be watered, so that the tops of hills and large portions of mountainous and precipitous places are appropriated to the growth of timber, or left covered with the primitive forest. These wooded districts afford shelter for wild hogs, foxes and raccoons, (the skins of which were seen,) as well as for the pheasants, and they all descend in turn to plunder the crops or steal the chickens in the valleys. (以下略).’
とあり,キツネと区別している. “raccoon”  (直訳はアライグマ,この文中ではタヌキだと思われる.現在の英語での一般名は Raccoon dog) の実体はともかく毛皮を見た事が記されている.  
 
和漢三才図会江戸時代の絵入百科事典,寺島良安著『和漢三才図会』(1713頃) 狸 (獣類 四四五頁) には
  (中略)
人住まで鐘も音せぬ古寺に狸のみこそ鼓打ちけれ          寂蓮

△思うに、狸には数種あって淡黒色である。背の文様が八字のようなのを八文字狸という。いずれも脚が短くて走るのは速くない。樹に登るのは大へん速い。穴は夏は奥がひくく下り、冬は奥が高く上っている。老狸はよく変化して妖恠(ようかい)をなすこと狐と同様である。いつもは土穴にかくれていて、出ては果穀や鶏・鴨を盗み食べる。猫と同属なので、これを野猫という。あるいは腹を鼓にして自ら楽しみ、これを狸の腹鼓という。あるいは山家に入り炉辺に坐って火にあたる。暖かくなってくると、陰嚢を身体よりも大きく延べ広げる。狸皮は鞴(ふいご)につくるとよい。(島田,竹島,樋口 現代語訳 東洋文庫446 平凡社)

「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (7) 日本の魚類 (4) イトウ はもう一つのブログに記載.

「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (5) 日本の魚類 (3)

“Narrative of the expedition of an American squadron to the China seas and Japan”  vol. 2 (5)

『航海記』の第二巻中の生物関係の記録・報告は以下の多項目に渡る.
CONTENTS OF VOLUME II.(数値は報告書のページ)
Introductory note to papers on Natural History 213
Description of the birds collected in Japan, &c, by John Cassin 219
Manner of hatching ducks in China, by Dr. Joseph Wilson 251
Notes on figures of Japanese fish, by James Carson Brevoort 255
Shells collected by the United States Japan Expedition, by John C. Jay 291
Correspondence in relation to botanical specimens 299
Descriptions of the botanical specimens, by Prof. Asa Gray 305

この内,ペリー自身が書いた“ Introductory note to papers on Natural History ”には,「この航海の目的はあくまでも外交面(日本との和親条約の締結)にあるので,自然史的な観察をするための専門家は同行させなかった.しかし,隊にいるそれぞれの分野に詳しい人間の記録は,議会に報告するに十分な内容を持っている」.として各人の寄与を高く評価している.
ただ,植物に関しては,
“ But it is a source of extreme regret to me that these plants, which possess considerable interest as coming mostly from Japan and Lew Chew, have not been described and published in this report, as I had intended they should have been. By some mistake they fell into the hands of a distinguished botanist of this country, who, for reasons never satisfactorily explained to me, failed to describe them, as he had promised to do, and by the consequent delay prevented my seeking other means of having the desired description and drawings prepared for the press. ”
と記し,日本と琉球の植物相に関して,手違いから(というより,農務省から派遣された隊員の Morrow のわがままから),折角の努力と大きな成果をこの書に記載できない悔しさをにじませた.

Perry's expediton Fish XI M
XI-1: Muraena kidako ウツボ Simoda (下田) p283
XI-2: Anguilla ウナギ Simoda (下田) p282

Perry's expediton Fish XII M
XII-1: Triakis scyllium ドチザメ Simoda (下田) p285
XII-2: Cestracion Philippi ネコザメ Simoda (下田) p285

学名・名称は原文のまま.この2枚は多色石版(手彩色?)図譜と思われる.
(続く)
「ペリー提督日本遠征記」第二巻 1856 - 1858 (7) 日本の魚類(4)イトウはもう一つのブログに記載.

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