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幸野楳嶺(こうの・ばいれい)筆 草花百種

幸野楳嶺(こうの・ばいれい)筆 草花百種 一・二篇 明治三十四年(1903) 幸野西湖 明治三十六年 芸艸堂刊

幸野 楳嶺は明治初頭に活躍した京都画壇の日本画家.幕末の弘化元年(1844),京都新町四条に生まれ,本姓は安田.後に父の実家の姓,幸野を名のる.嘉永5年(1852)9歳の時,円山派の中島来章に師事し,梅嶺と号し,明治4年(1871),師の許可を得て28歳で四条派の塩川文麟のもとへ移り,号を楳嶺と改めた.明治に入ってからは京都府画学校の設立や,京都青年絵画研究会の開催,京都美術協会の設立などに協力し,また『美術叢書』の発行を後援するなど,近代京都画壇草創期の重鎮のひとりとして,後進の指導,日本画の発展に力を尽くした.明治23(1890)年,第3回内国勧業博覧会の審査員となり,明治26年(1893)には帝室技芸貝に任ぜられ,明治28年(1895)2月2日52歳で死去した.楳嶺は,京都円山派の祖・円山応挙の写生主義と,南画(文人画)の精神主義の調和をめざした画家であり,その代表作には「帝釈試三獣図」「秋日田家図」などがある.彼の門下からは,竹内栖鳳や菊池芳文,上村松園,都路華香など,のち京都画壇の中心となって活躍した画家を多く輩出した(奈良県立博物館).
この画集が何の目的で作成されたかは調べられなかったが,図案集ではなかったかと思われる.記載名は現在のものとは異なる.e-Bayのオークションで発見し,里帰りさせた.紙は薄い和紙でかなり傷んでいる.

栗花 (クリのはな),蔓輪棠 (ツルリントウ),金糸荷葉 (ユキノシタ),カラスウリノ花,カヤツリ艸,オトコメシ,鴨跖艸(おうせきそう)之一種 洋種,紅花,芭蕉
栗花 蔓輪棠
金糸荷葉 カラスウリ
オトコメシ 鴨跖艸
紅花 芭蕉
和とじ本なので,2枚にわたる図版は半分しか見られない.
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