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サツキ(ツツジ科)

Azalea indica =インドの 
2006年4月中旬に訪れた米国北カロライナ州のウィルミントンは初夏のAirlie Gardens気候、海岸は大西洋の波と戯れる海水浴客でにぎわっていた。南北戦争の古戦場のこの町は花の町としても知られ、訪れたのは町を挙げてのアザレア女王が指揮をする「アザレア祭り」が終わった後だったが、まだ町のそこここにはオオムラサキの系統と思われるツツジが咲いていた。しかしこの花が日本から来たことを知る人は殆んどいなかった。 
 
案内されて訪れたウィルミントン市郊外の有名な Airlie Gardens では満開のツツジを見ることが出来た(上図)。この植物園にツバキやエゴノキのような日本産の樹木が長年育てられ、米国南部の植物と一緒に成長している風景は異様だった。上図の背後の木から垂れ下がっているのは米国南部に特産のSpanish moss (パイナップル科)
Kaikokukidann
江戸時代の日本の園芸は世界一。室町時代から育成されていたツツジもこの時代に多くの品種が作出され、きり嶋屋伊兵衛(三代目伊藤伊兵衛)著『錦繍枕』(1692年-元禄5年)にはツツジ173、サツキ161併せて334種が挙げられているほか、花形の基準、培養法等が記載されている。また同者の6巻5冊におよぶ『花壇地錦抄』(1695年-元禄8年)にもツツジ196、サツキ163、計359種が記載されている
1690-92年出島に滞在したケンペルの「廻国奇観」(1712)にも、大きな挿絵(左図 京大)と共に、躑躅(Tsutsutsi) 16種、杜鵑**(Satsuki) 5種が記載されている。

Curtis
しかし、英国の植物雑誌に、現地で咲いた最初の花の図が現れたのはその約100年後(右図 Cutis(英)1812 銅版手彩色)。本文には、「欧州ではまだ非常に稀な潅木である。香りがないのが欠点だが、自然が与えた花の中でこれほど愛らしいものはない」とある。

R.フォーチュンも1860年に長崎の庭園で見たツツジの造形美に非常な感銘を受け,『江戸と北京』(1863年)に,「これらの庭で、シナでも世界の他の国でも、ロンドンの展覧会でする見たことのない非常に大型のツツジを見た。その一本を測ってみると、周囲が四〇フィートもあった。いずれもきれいに円形に刈り込まれていて、上部がちょうど食卓のようにまったく平に手入れされてあった。花盛りの時はさぞ華麗な眺めだろう。 -----   帰路、日本政府〔長崎奉行所〕の通訳官が所有する小庭園を訪問した。ここでもまた非常に大形のツツジと、ごく小さいモミの木の盆栽を見つけた。下枝を水平に仕立てたツツジの丈は二〇フィートくらいあって、全体を板のように平らにするために、葉や枝を束ねて刈り込んであった。上枝を円形に整枝した数多くの小テーブルが、上へ上へと重なっているので、全体の木ぶりがすこぶる奇観を呈していた。その時一人の男がツツジの手入れをしていたが、おそらくその男は年じゅう毎日、このツツジの手入れに追われているに違いない。」と書いている.

Lemaire1860 Azalea Indica 2mその約60年後の1918年、屋久島でウィルソン杉を発見したウィルソンが、数多くのクルメツツジを久留米から持ち帰り、これらが欧米での交配種を作り出す親となり,強い選定にも耐える花木として,世界的に高い評価を受けるようになった。 


右図  Lemaire (伯)1860 Azalea Indica 多色石版 

この項では「ツツジ」をツツジ・サツキ類の総称としても用いた。
*インドには自生しないが、リンネが日本・中国・インドを区別しなかったため。
**ホトトギスではなく中国語でのツツジ 


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