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輸出用百合型録 株式会社横浜植木商会 明治31年 (1)

LILIES OF JAPAN BY THE YOKOHAMA NURSERY Co., Ltd 1899年 

江戸末期から明治・大正にかけて,ユリの球根(鱗茎)は日本の有力な輸出品目であった.例えば,明治41年(1908年)に日本から輸出されたユリ根は1200万個近く,金額で45万円近くであり,国別の輸出統計からはイギリスとアメリカ合衆国への輸出が抜きん出ていた.初期にはアイザック・バンティング (http://www.buntingandsons.co.uk/isaac_of_japan.htm) 等の外国人が手がけていた輸出に,やがて日本人の商会も参入し,特にユリの一大産地の関東に近い横浜港からの輸出が9割以上を占めていた.当時,横浜におけるテッポウユリのユリ根には、一本あたり2円50銭~5円の値が付いていた.

横浜に明治23年(1890年)に設立された横浜植木商会(1891年に「株式会社横浜植木商会」)は,サンフランシスコ支店を開いたり,ニュウヨーク市ブロードウェーにニューヨーク事務所開設して米国に積極的にユリ根の売込みを計った.ユリの種類はたくさんあるため、園芸業者は万国共通の言語としてユリの図集を発行し,一方欧米諸国の園芸家はこうした花が咲くことを楽しみにユリ根を購入した.カラー印刷が一般的でなかった当時の日本で,日本の花の美しさを伝える手段として採用されたのが,多色木版であった.

ここに掲げるのは,その横浜植木株式会社が,明治31年(1899年)に欧米向けに出版したユリのカタログ,「LILIES OF JAPAN」よりの木版多色刷りの図譜である.欧米人の好みに合わせたのか,色鮮やかな配色が目を引く.

Title page Lilium Auratum Rubro-Vittatum
Title page LILIES OF JAPAN BY THE YOKOHAMA NURSERY Co., Ltd 1899
III. Lilium Auratum Rubro-Vittatum ヤマユリ「紅筋」

Lilium Auratume Alba Lilium Concolor
V. Lilium auratum var. virginale ヤマユリ「白星」
XXXVI. Lilium concolor  ヒメユリ
(続く)
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